ぼくは、初対面だった武田邦彦教授とのやりとりのなかで、「日本の自主資源を確保しようとして原子力発電に取り組んだのは断固、正しかった」と発言したうえで、しかし、その原子力発電にある巨大なリスクを正面から直視する姿勢も、克服する取り組みも失われていったことに問題がある、という趣旨の発言に続けたのでした。
その後者の部分だけ、ちらりと片言(へんげん)がオンエアされて、前者の部分は全カットでした。
前に述べたように、収録テープの全体の3分の1ぐらいしか放送できないのだから、番組としては、どこをどうカットして繋げるかに苦心惨憺しているわけで、カットされたからどうのこうのではなく、ぼくのつたない発言ではありますが、その真意がとらえられていない、そこに危機を感じます。
この番組のカットぶりが間違っていると言うより、日本の社会全体が、そのような方向にどっと向かっていることが背景にあります。
それこそが、このままでは大きな、深い問題に繋がります。
原子力の灯火も活用して、独立国家としての日本の自前のエネルギーを確保しようとしたことは、無残な福島原子力災害があってなお、断固、正しい。
しかし、そのほんらいの志が、あっという間に既得権益と化し、リスクは見ないことにして目をつぶり、地元対策の難しさに「とにかく安全だということにしよう」と、良心的な技術者すらおのれの胸中の問いかけを黙らせ、その積み重ねが、福島原子力災害を招いた、その事実を真っ直ぐにフェアに見なければなりません。
—- (中略) —-
風力発電と太陽光発電、バイオマス発電について、数年前の段階で、デンマークやドイツを訪ね、政府の環境省の当局者たちと議論し、発電の現場を回り、技術者の証言を聞き、市民の声を聴き歩きました。
たとえばデンマークの政府当局者のひとりは、駐日デンマーク大使館に勤務した経験を踏まえて、「青山さん、日本を風車だらけの国にしないでください。デンマークではどこへ行っても、どんな自然と触れあおうとしても、人工の風車が回って視界に入り、海にも人工の風車が林立し、たくさんの街や村で風車の発する低周波の音に苦しむ人がいる。日本のあの美しい自然に、風車を並べ過ぎたりしないように、日本の政府と国民に伝えてください。日本の人口と工業力に必要な電力を、もしも主として風力で賄おうと思ったら、山中にも風車を並べ立てて、その維持管理のために、山にも道をたくさん切り開かねばならない。デンマークは人口550万人なのに、風力でもバイオマスでも賄いきれず、スウェーデンの原子力でつくった電気を一部とはいえ買っている現実も実は、あります。あなたは自由な立場と聞いているから、こうやって会って、ありのままに話しました。どうぞ、私の証言を活かしてください」とおっしゃった。
ガバナンス。